ドイツ帝国海軍 仮装巡洋戦艦 ゼーアドラー
(SMS Seeadler)

ゼーアドラー (Seeadler) は、ドイツ海軍の帆船を改装した仮装巡洋艦。
すでに蒸気船が主力であった第一次世界大戦において、フェリクス・フォン・ルックナー伯爵はこの艦で通商破壊を行い、海の悪魔と称えられた。

ユトランド沖海戦後、イギリス海軍に対して劣勢となったドイツ海軍は、現存艦隊主義のもとで艦隊の主力をキール軍港に逼塞させるようになった。敵のいなくなったイギリス艦隊は海上封鎖によって、ドイツ経済の消耗を狙った。こうした状況下、ドイツ海軍はUボートや仮装巡洋艦による通商破壊戦に移行した。しかし、イギリス海軍の封鎖線は厳重で、簡単には突破できなかった。そこでドイツ海軍司令部は、商船に化けた帆船ならば封鎖線をやり過ごせるのではないかと考え、帆船での勤務経験が長く、太平洋や大西洋についての知識があり、各国語も堪能なルックナーに白羽の矢が立った。
1916年12月21日、6人の士官と57人の船員を乗せ、ゼーアドラー号はヴィルヘルムスハーフェンを出航。
アイスランド南東の沖でイギリス海軍の巡洋艦アヴェンジャーに捕捉され、臨検を受けたものの正体は悟られず、英国海軍の封鎖船を突破した。
1917年1月9日、ジブラルタル沖でイギリス船籍の石炭輸送汽船グラディス・ロイヤル号を捕獲、撃沈したあとは次々と14隻もの汽船、帆船を拿捕、撃沈していく。
ゼーアドラー号のやり方は正体を隠して接近し、不意にドイツ軍旗を掲げて発砲、停船させてから拿捕するというものである。乗員は全てゼーアドラー号に移動させてから、船を沈没させた。捕虜は、船の前部(弾薬庫があった)に入らないことと、航行の邪魔をしない限り、船内で自由にすることが許された。
捕虜は次第に増え300人を超したことから、フランス船籍の帆船カンブローヌ号(Cambronne, 1,833トン)を拿捕した際、ルックナーは捕虜をこの船に乗せて陸地へ送り届けることにした。
リオ・デ・ジャネイロにたどり着いた捕虜の話からゼーアドラー号の存在が判明し、イギリス海軍はホーン岬に艦隊を派遣して捕捉しようとした。ゼーアドラー号はこの網をすり抜けるため、できるだけ南寄りにホーン岬を越えた。4月18日、イギリス海軍の仮装巡洋艦オトラント(de:HMS Otranto, 30,099トン)を発見した。ルックナーは雷雨の中にゼーアドラー号を突っ込ませ、敵艦の接近をやり過ごした。
太平洋ではイギリス、日本、アメリカの軍艦が網を張っており、ゼーアドラー号は以前ほど自由に行動できなかった。また食料や水も欠乏し始めたため、ルックナーは補給と休息のためにソシエテ諸島へ向かった。
モペリア島に到着後、環礁のために内海に入れず、外海に投錨したルックナーと船員、捕虜は数日間を過ごしたが、島を津波が襲いゼーアドラー号は環礁に乗り上げ、船腹に穴が開き航行が不可能になった。




製作:kudopapa@副長
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