ロシア帝国海軍 装甲巡洋艦 ドミトリィ・ドンスコイ
ロシア帝国海軍 装甲巡洋艦 ドミトリィ・ドンスコイ
装甲巡洋艦ドミトリー・ドンスコイはサンクト・ペテルブルク工廠で1885年に竣工した。
艦形は遠洋ではまだ帆走が主流であった時代の巡洋艦のため、三本マストで帆走の運用を想定したクラシカルなスタイルが特徴。
武装は152mmx6  119mmx10  47mmx6 37mmx10 361mm 乗員507人。
日本海海戦にレベーデフ大佐の指揮下に防護巡洋艦オレーグ等と共に第1巡洋艦隊所属として参加。
開戦後短時間で大勢が決し、ロシア艦隊が散り散りになる中、追撃する巡洋艦浪速等の攻撃にあくまでも降伏せず果敢に砲戦を繰り返しながら逃走を続けた。
5/29の午前7時までなお戦ったが、艦長のレベーデフ大佐は逃げ切れないと判断し、鬱陵島に乗り上げ乗員を上陸させ、艦底のキングストン弁をひらいて艦を自沈させたのち捕虜になった。
日本海軍の艦種識別では「ごみ取り権助」と言われたのは有名です。
製作・国親父座郎
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